2007.7.29

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グレートバリアーリーフの玄関・ケアンズ
 今年の成田空港第1ターミナルへは、成田エクスプレスご利用なのである。
 なぜかというと隅田川の花火大会があるからで、高速道路の大渋滞が予想されるからなのである。 
 今回もなかなかそつがない。(自分で言うのもなんだが)
 そして、ご愛用のショルダーバックの中にはいつものカメラやパソコンの他、さらにインターネットよりプリントアウトした紙がたんまりと詰まっているのである。 100円ショップで買ったクリヤーファイルに収まっているこれら紙の塊は、ホテルの予約確認票やクルーズのチケットやレンタカーの予約票そして電子ビザ取得確認のなどなどだ。
 なぜにこのような紙をなぜはるばるオーストラリアまで運搬しなければならないかというと-----原因は、つまりとうとう日本の旅行会社にさじを投げられてしまったからなのである。
 そもそもインターネットを駆使して調べまくった、世界中のへんぴなホテルや日本人がたぶんあまり乗船しないであろうクルーズばかりをオーダーするものだから、旅行会社の人ももう勘弁してくださいよ状態になってしまったのである。。
 しかし行きたいものは行きたい。しかも1円でも安く・・・・というオマケまでつくと、これは本当にすべて自力で何とかしなければなるまいということになってしまった。
そこで今年も登場! CITIバンク・ゴールドカードを武器にかたっぱしから、インターネット予約という荒業にでたのである。
あとで分かったことなのだけれど、今回利用することになったキャプテンクックのグレートバリアーリーフクルーズは、、そもそも日本人乗客は相当な物好き連中が年間30人程度しか参加しないという超ローカルなクルーズとあって、その為日本には情報が皆無であったのである。 
 日本もここ数年の間にクルーズ専門の旅行会社も増えてはいるが、こんなへんぴなローカルクルーズまでは旅行会社も手が回らないというか、そんなとこ行かないでカリブ海やエーゲ海クルーズでバンバンお金つかっちゃって下さいよ的考えなのか、まったくお話が進まない日々が数週間続いたのだ--沈黙ののち・・・・・こりゃもうインターネット予約しかない!というのが現状。
 また旅行会社とのやりとりでも、最近は少し?を感じることも多くなった。 日本の旅行会社各社も格安パッケージ旅行には力を入れているものの、手配旅行と呼ばれるこのような分野ではご相談に乗ってくれるところが少なくなってしまったのだ。
 昔お世話になっていたのは、小さい旅行会社だったけれども、そこの所長さん(たぶん当時30才位)は世界中のどんなチケットでも、現地と交渉したり特約契約を結んだりしてエイヤッとなんとかチケットの手配をしてくれた。 今のようにインターネットなんかも発達していなかった時代だから、テレックスを駆使したり、FAXで現地と交渉したりなんかして時間と金と労力はかかったけれども、ようやく手に入れてくれたチケットは本当にありがたかったと記憶している。 
 ・・・・ではではインターネットをフル活用してさっそく世界を相手に戦闘開始! まずは一番大事なケアンズへの航空券から・・。 いろいろ問い合わせたあげく、最終的にJALのインターネット予約でコードシェアー便のカンタス航空のチケットをゲットしてみると、どういうわけか正規割引チケットなのにこれがものすごく安く、大手旅行会社H○○よりもおよそ3万円ほど安く仕入れることができた。 しかも同じ飛行機なのに運行会社であるカンタス航空のネット予約で買うよりも5万円も安く買えたのだ。 
 さらに、クルーズチケットやホテルにあっては、早割りキャンペーンプランや冬季朝食付きプランなど地元向け?のお得パッケージなどなど探せばあるもので、これらをめざとく買占めたりすると全体的に日本の旅行会社にお願いするよりも約一割くらい倹約できたのである。
 しかしまあ本当に予約が取れているのかは実際現地へ行ってみないと分からないという不安もあった。 というわけで、プリントアウトした紙切れとクレジットカードとシャープ電子辞書が今回の旅の成功を握っているのだ。
ケアンズへは世界一安全といわれているカンタス航空で6時間。
飛行機は、少し速度超過気味にタッチダウンすると思いっきり逆噴射して、まだ暗闇が支配するケアンズ国際空港に定刻のAM5:30に到着した。
オーストラリアの検疫は一昔前よりかはだいぶ緩くなったが、オーストラリア検査官の質問の内容が良く理解できていない日本人は荷物をかたっぱしから開けまくられていた。 この国には自然を守る尊い精神が息づいている。
 レンタカーの予約は、6:30だったけれども、受付には誰もいない・・・・、その代わりカウンターにはドカっと電話が鎮座していた。
電話をすると街から従業員がやってくるとサインボードには書いてあったが、寝ぼけまなこで不機嫌な顔をされるのもいやなので、こちらも急ぐ旅ではないし、レンタカー屋の営業開始時間の7:00まで待つことにした。 日本人ツア-客は相変わらず忙しそうに、わっせわっせとバスに乗り込んで出発していった。
 
---「ビィーービィーー」朝早くから駐車場にはけたたましいクラクションの音が響き渡った。 スーツケースを入れようと鍵穴にカギを突っ込んでトランクを開けたらいきなり警報だ。!! 慌てて今度はドアーの鍵穴に突っ込んで開けるとさらにこの状態に追い討をかけてしまった。
 なんだい?このヒュンダイ!なんて冗談を言っている場合ではない。
韓国産ソナタ(大衆車の名称)は朝っぱら泣き止まないのだ。 そこのソ・ナ・タぁ!っとかなんとか言ったりして、オヤジギャグを飛ばしている場合などではなく、これは大変ヤバイ状況で警官もご登場ということになりかねない。 しかしまあなんとかせねばっと・・・・朝っぱらから韓国製リモコンをごちゃごちゃいじっているとなんとか構造を理解することが出来た。 リモコンでカギを解除しないと警報アラームが鳴ってしまうというかなり単純な韓国技術がそこに隠されていたのだ。 ハーツレンタカーさんよひと月前からトヨタカローラ2ドアをオーダーしておいたのに・・ナゼ・。
 泣き止んだソナタをなんとか発車させ空港のパーキングを抜け、T字路を右に曲がると約100KMほど北のポートダグラスという街を目指す。
 ・・・・そういえばサイドミラーどうやって開かせるんだ?
 今回はこれといって行き先に理由は無いのだけれど、海沿いを走る世界一長いと言われている国道1号線を朝のうちに爽快にドライブしてみたかったのである。 20分ほど直線コースが続くと道はだんだんと狭くなりカーブの連続になってきた。 ウィーンウィーンとエンジン音・・・ソナタよキムチパワーでがんばってくれ! 心なしかエンジンから石焼ビビンバの香りが車内に漂ってきた!!
(ドライブガイドはこちらからどうぞ→http://www.greattropicaldrive.com.au/)
 ポートダグラスには、休憩をしたりしてAM9:00頃到着した。 この街はここ数年の間に観光地へと大きく発展したエリアにある。 手入れの行き届いた芝生と椰子の木が綺麗な目新しい大きなホテルの入口をいくつか通過して、街の桟橋あたりまで行くとちょうどT字路になっていた。このあたりはちょっとしたショッピングモールになっていたので、パーキングに駐車して朝メシ!も兼ねて少し散策することにした。
 今日は日曜日の午前9時ということもあって、あちらこちらのオープンカフェではオージーや世界中からやってきた観光客などが柔らかな朝の日差しの中でゆったりと朝食をとっていた。
 ショッピングモールを抜けると、公園ではなかなか楽しそうな日曜朝市が始まっていた。 いくつも張られたテントには各地の特産品、亜熱帯特有のフルーツや新鮮野菜、原住民アボリジニーの民芸品やら、油絵やら衣類などありとあらゆるものが並べられている。
 絞りたてのパイナップルジュースを片手に、まぶしい緑と美しい公園の風景の中をゆっくりと朝市を見学していると、硬くなっていた体がゆっくりとオーストラリア人タイムへと変化してきたようだ。 公園の広場では中国人青年による胡弓の演奏が始まり、優しい海風に乗ってレパートリーの一つであるらしい「北国の春」が流れてくると「あのふるさとへ〜帰ろうかな〜」と思わず口ずさんでしまうほど気持ちがいい場所であった。
 小さなサンドイッチ屋で昼食用の食材と飲み物を購入して、ポートダグラスを出発した。
朝通ってきた道を一旦ケアンズまで戻り、そこから今度は南のミッションビーチへ向かう約250Kmのドライブである。 
 途中には、「スペインの宮殿?(パロネラパーク)があって面白いから是非行ってごらん」とレンタカー屋のおばさんに強く勧められたので、そこに寄ってみることにする。
 海沿いのドライブコースはケアンズの手前までで、そこからは内陸を走ることになる。 オーストラリアをドライブしていつも思うのは、車の性能が最大限まで試されるということだ。 街中こそ60Kmそこそこの速度制限だが、一旦街を出るとだいたいそれが平均100Km〜120Kmになる。
大型観光バスも全長15メートルくらいのとてつもなく巨大なトレーラーも、時速100Km以上で片側一車線のけっこうボコボコの舗装の道をぶっ飛ばしていくのである。 これもかなり凄いけれども、それらの車を追越すのがこれがまた命がけのテクニックがいる。
 なにしろ、対向車も時速100Km以上で走ってくるわけだから、追越をかけようと反対車線に出ると対向車とは時速200Km以上で接近してくる計算になるからである。 対向車とぶつかる前に追越しを完了しなければ、逃げ場は路肩しかないのである。戦線離脱である。 実際に全長20メートルに及ぶトレーラーの後部には「危険! 全長20メートル 命がけで追越せ!」の看板がかかっているのを目にする。
 実際オーストラリアはとてつもなく国土が広すぎて、時速100Km以上で車を走らせなければどこへも行けないし、砂漠地帯では摂氏40度〜45度の中を何時間も高速で走り抜けるわけだから、ドライバーも車も限界ギリギリの状況で走行するのだ。 約20年ほど前に同じオーストラリアのブリスベンでレンタカーを借りた時にガソリンスタンドのオヤジと立ち話をしたことがあった。 あるカーディーラーにポルシェとわが国が世界に誇る日産フェアレディーZが展示してあった。 日本で購入すればポルシェは国産車の3倍〜5倍以上の値段がつけられていたが、そこのカーディーラーでは当時はどちらも同じ日本円で600万円くらいの値段がついていた。
 「オレはこれなら絶対にポルシェを買うよな−−っ」とオヤジに話したのだが、オヤジは「大体のオーストラリア人はほぼ間違いなく日本の車を購入するだろう」と言っていた。 つまり、耐久性がある=壊れないがすべてであり、その理由は砂漠地帯での長時間の過酷な走行→故障→立ち往生は即生死に関わるからなのである。 ・・・・たしかにそれは当たっている。 加えて交通事故でも起し怪我でもすれば、飛行機やヘリコプターで搬送されるまで何時間もかかり、ガス欠での立ち往生も砂漠では生死の危険もある。 またまたカンガルーやオオトカゲは飛び出すし、酷使されたタイヤはいきなりバーストしたりすることだってありえるのだ。
 そんな日本では考えられないリスクと若干メタボ系2名を乗せたヒュンダイ「ソナタ」は、全力を出し切って遥か地平線へと広がるサトウキビ畑の中の一直線のハイウェーを突き進んで行く。
 PM2:30頃、我々はレンタカー屋のオバサンが言っていた「パロネラパーク」に到着した。
 未舗装の駐車場に車を止めると、車でやってきた珍しい日本人2名の旅行者に向かって、気のよさそうなオージーがやってきた。 今日の早朝にケアンズに到着して、ドライブかたがたここへやってきたと話をすると、実はこの公園のオーナーであるエバンス氏は、東京からはるばるやって来たことにとても喜んで、「このパークはスペインからやって来た移民ホセ・パロネラが築き上げた夢の城で、宮崎駿監督が日本から視察やって来て、後に天空の城ラピュタのモデルになったのだ。」っと熱く語ってくれた。けどほんとかなーー??。 そして我々の為に、キッチンで働いていたパーク唯一の日本人従業員であるサトミさんに、ガイド役になるように指示してくれたのであった。 はじめは、たかがジャングルの中の廃墟だしな・・・っとあまり興味も無かったのだけれども、ガイドのサトミさんの解説がこれがなかなか面白くて、「世界不思議発見」のナレーションのような語りで、今から約80年前にこのパークを造った一人のスペイン人パロネラのサクセスストーリーは、なかなか味があって面白かった。 本当はゆっくり見て歩けば半日はかかってしまうような大きな公園だけれども、約1時間のハイライトコースに時間を短縮してもらい、アボリジニーのショーなどを見たりして早送りツアーを楽しんだ。今回は、短い時間だったけれども、オーストラリアにもこのような公園ががあるのは新たなる発見であったし、オーナーや従業員らの旅行者に対するのきめ細かい対応はなかなか評価できると思った。
 今後、宣伝効果が表れてますます発展していくのではないだろうか。 ちなみに、個人で行くと今後一年以内なら再入場無料の登録もしてくれる。
*パロネラパークのオフィシャル日本語ページ(サトミさんも登場)→http://www.paronellapark.com.au/japan/story.html
 さて、本日は本当に忙しい。 予約をしてあるホテルまではまだ70Kmほど走らなければならない。
 我々は、ミッションビーチの夕日に間に合うように、今度はバナナ畑の中の一直線の道をひたすら急いだのであった。